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衆議院選挙へ投票して

2014-12-15

空
2014.1215 一党独裁政治への幕開け
昨夜、衆議院選挙の投票へ行ってきました。
今朝、明けてテレビで開票報道がされて過去最低の投票率で、自民党の圧勝が報道されていました。
 その後の報道でも、あっさりと福山雅治の話題や、ピーナッツリターンの話題で何だかアッサリとした報道内容で、過去最低の投票率と問題視しながらも扱いは報道機関も通り一遍でしたね。
 視聴率が取れないからとの判断でしょうけど其処からして報道も含め一般的に政治に関心がないんでしょうね。

 僕も、それ程政治に関心が強い訳では無いので何処が政権を取っても何が変わるって期待も有りません。
 でも、少しだけ心配が有って、投票所にはなるべく足を運ぶ様にしています。
 それは「一党独裁」だけは嫌だな。との心配からです。
  過去の(小泉政権)の時の郵政問題等、 自民党の議席数を (国民の意思)と法案を強行に押し通した姿勢が疑問で僕は与党(自民党)には必ずブレーキ政党が必要だと思い投票所へ足を運んでいました。
 実際、今回の衆議院選挙は争点の無い選挙と言われてますが、アベノミクスの結果がGDPマイナスとなった今この景気を野党が立て直せると思うのか?と付きつけた事で、誰にも出来ないのだから文句言うんじゃねーよ。って国民への足枷を付けた選挙だったんではないでしょうか?
  結果、「消費税を上げたい、原発を稼働させたい、その他諸々をこれから遣りたい放題でやるぞ」との下準備が安部総理の思惑でその遣りたい放題で外交信用を上げたいのでしょうね。
 「GDPが下がった事で、国民感情から消費税を10%へ上げる事が出来なかった為に、円の海外信用度が落ち込んだ」
海外信用度を上げるためには国民に痛みを伴って我慢して貰うしか有りませんとの小泉政権の再来のように感じます。

 勿論、経済の脱皮には痛みを伴うのは仕方無い事なのでしょう。 でも、反対勢力が有って話し合って決めた事なら仕方が有りません。 これが反対勢力が無いままに、一党独裁の数の理論(多数決)で決められたら何でも有りですよね。
 痛みは庶民に集まるのが必至でしか有りません。

 因みに、僕のイメージです。
  自民党
  自民党の目は経済界が注目で、国内の経済をリードする大手メーカーや国内デベロップ業界を牽引する国際的参画企業が中心の政策にしか関心がなく。庶民の生活や、庶民の経済クオリティーに感心が無いように思います。
 勿論、一部企業の景気が良くなれば社員への景気も良くなるでしょう。 (上場企業の社員の景気が一般消費者の景気に繋がるのに何年掛るのでしょうか、その間の中小商店を始めとした一般消費経済は持ち堪える事が出来るのでしょうか?)

 民主党
  民主党の目は庶民に向いています。政権をリードした経験が無いままに一度だけ与党になったが、想いとは裏腹に結果が出せず僅か3年で見限られてしまいましたね。
 でも、感覚は何時も中小商店や企業の立場で、その感覚は庶民に近く。自民党が切り捨てる庶民の側に立った政党の様に思います。

 僕は、今回の選挙ではこの2つが相対的力関係にならなくてはいけないと思っていましたが。
  どうも、最悪の一党独裁になってしまった様で心配です。

  出来る事なら2年後?の参議院選挙で、対 2大政党目に頑張って欲しいと思っています。

  

 
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父が亡くなった。

2014-11-03

千代田線とススキ
2014.1103 荒川河川敷 ススキ
ススキ  10月26日。親父が亡くなった。
前々から危ないと言われ、それでも1年も持った。
 親父の子供として僕は次男で産んでもらった。 兄貴がいて、姉貴がいて。そして立派な弟達が4人もいる。
 僕は、フリーのカメラマンで景気とその時の状況で収入の不安定な立場から、此処5年実家に顔を出す事が無くかなり親父に寂しい思いをさせた不詳の次男坊で有った。
 流石に不安になって、今年のお盆にカミサンを置いて一人親父の顔を見に行ったが、すでに遅かった様子だった。
 もう、アルツハイマーが進行していて僕の事を理解出来ませんでした。
 僕の顔を(誰だろうと)不安そうに見る父の眼差しに微笑むと父は目線を逸らすように毛布を頭からかぶります。
 それが、僕が最後に見た父の姿でした。
 そして、2か月後の父の最後。
 僕の事。兄弟の事。顔を見ても理解出来ない父。 だけど、普段から介護に当たる姉貴達地元組の兄弟にはどれだけの理解が有ったのか分からないが、それでも安心しきった表情なのに、僕に向けた不安そうなあの眼差しは如何に親父との距離が広がったのかを思い知らされた瞬間であった。

 父の最後。 有る意味ホームに入った時、ボケが進行して行った過程、若かりし頃の深酒のツケからの身体の不具合。色々な状況が父の最後の近い事が分かっていた。 それでも、危ないかもとの兄弟からの遠回しな報告に心臓がバクバクし、不安から寝汗を掻いたのに。何事も無ければ何時しか父の不安定な状態に勝手に大丈夫と思い込み父の状態を忘れる日々になれていた。
 10月26日(日曜日)深夜。家電話が鳴る。
 何故か涙がこみ上げる。
 そして、「父ちゃんの心臓が止まったよ」と姪の声が受話器から聞こえた。

 流石に深夜と有って翌日の大阪出張はキャンセル出来ず。翌日の大阪出張の新幹線からその他の撮影のキャンセル、代理のカメラマンの手配を動揺する心を抑えながらの電話手配。 そして自宅に帰ってからの航空券の手配。
 実家へはその翌日の火曜日。
 通夜。 告別式。 初七日。 父の最後は何時しか覚悟が出来ていたんだと実感する自分を噛み締めるのに、何故か思いも掛けず涙が込み上げる。
 そして、東京に戻って来て今日から僕の日常が始まる。 心の隙間の寂しい気持ちを何となく感じながら、以前から撮らなきゃと思っていた「秋の風景」を…と思い。  何故か北千住から荒川へ向かい「ススキ」の写真を撮って来ました。
 

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